あの大地震から1年

もう1年になるんですね。

商店街には通りいっぱいに「絆」の言葉が掲げられています。

そんな我が街川崎では、がれき受け入れを表明した市長に対して市民が反対しています。

「絆」が聞いてあきれます。

財布の中身はちょっとだけなら出してもいいけど、我が身は決して削らない、「絆」なんです。

 

反対だけはするくせに何の代替案も持たない市民、それにひたすら媚びへつらう政府、の縮図は、この0311、日本史上未曾有の危機においても変わることはありませんでした。

 

尊敬する先輩で、地震の後、会社を辞めて仙台に引っ越した方がいます。

上場企業ですよ、その役員まで上りつめたのにですよ、家族もいるのに、、きっと説得も大変だったことでしょう。

なぜそうまでして危険度の高い地域に引っ越したのか?

その答えは彼のfacebookの中にありました。

 

「誰かが火中の栗を拾わなければならず、出来ればその一人でありたいと心がけております。」

 

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